ガラパコラム 第16回目 どっこい生きてるヒキガエル ![]() (2004・3・4) 都市部に住んでいても簡単に目にすることのできる爬虫類と言えば、ニホンヤモリがその筆頭です。 そして、両生類ではやはりニホンヒキガエルでしょう。ヤモリと違ってヒキガエルの場合は、ほとんどが 車に轢かれてグチャッとなってしまった状態で目にすることが多いのですが・・・。 僕は幼稚園から中学校を卒業する頃まで東京都新宿区の中央部、大久保に住んでいました。たしかに 歌舞伎町までは自転車で10分の距離でしたが、探すところを探せばまだまだ爬虫類や両生類はたくさん 生息していましたし、おそらく今でも同じだと思います。 東京に引っ越したのは1980年くらいですが、小学校への通学路はまだ舗装もされていませんでしたし、 まだ空き地なんかは結構たくさんありました。ところがある日、舗装のされていなかった通学路に在った 民家が次々と取り壊され、何やら大開発が始まりました。工事が進むにつれて、そこには大きな公園が 完成するということが分かり、僕をはじめとした子供達は大喜びでした。スポーツセンターやアスレチック、 ジョギングコースなどが次々と出来上がっていきます。公園も完成間近という頃になり、下校中にふと目を やると、池のようなものが作られているのを発見した僕は、すぐに職人のそばに行って「ねぇねぇ。ここに池 つくんの〜?水が入るんでしょ〜?」と聞いてみました。「そりゃそうだ、お前。池をつくってんだから、水が 入るに決まってんだろ。」という期待通りの答えに僕は大喜びし、今後どのように池で遊ぶか?などと 考えていました。 公園が完成しました。いつまで経っても池に水は入りません。排水口があるので、雨が降っても水は 溜まりません。いとも簡単に大人に騙された僕でしたが、公園開発により確かに遊び場は増えたので、 結構楽しんでいました。 そして春が来ました。春と言えば、桜、花見、入学、卒業、ガマ合戦なんかのシーズンですね。(ガマ合戦 とは、ヒキガエルが繁殖のために池に集まる光景のことを言います。)ヒキガエルは、鮭や鰻などと同じで 帰巣本能のようなものがあり、自分が生まれた場所に戻って繁殖活動を行うことが知られていますが、 我が大久保地区のヒキガエル達は公園の開発により、何処に卵を産みに行っていいものなのか分からなく なってしまったのでしょう。憐れなヒキガエル達は、公園の外壁とアスファルトの窪みにできた畳2枚分ほど のわずかな水溜りでガマ合戦をしています。その水溜りは、2,3日もすると大概は干上がってしまい、 その跡には大量のヒキガエルの卵のミイラだけが残ります。ある程度は、近所のガキ達や僕がその卵を 家に持ち帰って孵化させていましたが、いかんせんガキなので数匹しかカエルの形になって上陸するまで 育てることはできませんでした。しかも、どうせヒキガエルの幼体をちゃんと育てることなどできるわけが 無いのに、愛着が湧いてしまって元の場所に逃がすことができず結局殺してしまったりするので、保護 活動としてはほとんど意味はありません。でも、ミイラになるよりは幾分良いか? その憐れなガマ合戦の行われる水溜りは、僕が住んでいた団地の自転車置き場のすぐ横にできるもの だったので、毎年春先になるとヒキガエルに出会うことができる楽しみの一つでした。毎年カエルの数が 減るようなことも無かったので、公園の中では無事に生きていっていたのでしょう。 ところが、僕が小学校を卒業するころだったと思います。その水溜りのできる場所に、ご丁寧にも誰かが しっかりとした排水口をつくってしまったのです。当然水溜りはできなくなり、次の春からヒキガエル達は 姿を見せなくなってしまいました。やり場の無い憤りに、僕は学校で「大人は自分勝手だ」といったような 内容の作文を書いたような気がします。たしか、ヨーロッパのどこかの国ではヒキガエルのために専用の 地下トンネルまで作っているというのに・・・。アスファルトの上で車に轢かれているヒキガエルはきっと、 仲間と水場の元へたどり着くために仕方なく、危険を承知で歩いて行ってるのだと思います。 では、その後大久保地区のカエル達は何処でガマ合戦を繰り広げているのでしょうか?その答えは 分からないままですが、それでもヒキガエル達は忘れた頃になるとひょっこりと姿を見せました。 そのたびに、奴等もド根性で生きてるんだと思うと嬉しくなって、つい道路を横断し終わるのを見届けて しまいました。 −−−このコラムへのご意見、ご要望はこちら−−− >ガラパコラムのバックナンバーを読む |